6.水俣市をモデルケースとして考える

【目次】
1.『フクシマ漂流』〜遠回りの理解〜

2.この本自体が答えを出していない

3.「作家として語らなくちゃいけない」

4.文学作品の町が被災してしまった

5.自分がいいことをしていると思わない

6.水俣市をモデルケースとして考える

7.「反原発」を現実論にするために

  
【プロフィール】

志賀泉(しが・いずみ)
小説家。1960年生まれ。福島県生南相馬市小高区(旧小高町)出身。県立双葉高校卒業、二松学舎大学文学部卒業。2004年、『指の音楽』で太宰治賞受賞。著書に『指の音楽』『TSUNAMI』(ともに筑摩書房刊)。

ブログ「福島県原被災地区の復興に向けて」
http://ameblo.jp/sigahina/



――これからの活動について、考えていることを教えてください。

今、双葉高校の生徒たちは明星大学の教室を間借りして
勉強をしているんですけど、環境的に十分でないところがあります。
各団体と協力して、そういう人たちを中心に
学業支援をできないかな、と考えています。
ほかにも、頭の中ではいろいろ考えています。

ただね、これから活動をしていく中でブレないのは、
文学者としての活動であることです。
文学者っていうのは、自分の実感で、経験で手に入れたものを
ベースにすることでしか、ものは語れないはずなんですよ。

文学っていうのは、そもそも、そういうもののはずなんです。
資料を集めて頭の中で論理を組み立ててっていうのは
評論家の仕事であって、それはそっちのプロに任せればいい。

じゃあ、文学者が何をできるのかというと、
そこの土地の空気感を自分の中でつかみとって、
語ることでしかないと思っています。

それで役立てればいいな、と思います。
でね、僕がこれからのモデルケースとして
考えているのは、水俣市なんですよ。


――水俣病の。

そう。『苦海浄土 わが水俣病』という作品を出している、
作家の石牟礼道子(いしむれみちこ)さんという方がいるんですけど。
彼女たちは「本願の会」として、水俣病を文明論として考えていて、
ああいう文学活動を福島でもやっていければなと思っています。
彼女には会いに行ってお話もして、水俣病の方にもお話を聞いてきました。

水俣病の被害にあった中には、漁師の方もいるんですね。
その方が使っている漁船には、プラスチックが使われているんですけども、
水俣病の原因となったチッソという企業の水俣工場では、
プラスチック製品の材料をつくっていて。

そこで、「じゃあ、我々は何なんだ」と疑問を抱いた患者さんがいる。
その人は、工場の正門の前に一人で座って、横断幕を掲げて。
そこには「私はチッソだ」という言葉が書かれていたんです。

つまり、「チッソの工場で使っている製品を我々も使っている」という
ジレンマを、どう自分の中に取り込んでいけばいいのか。

突き詰めていっても、それはわからない。
でも、わからないことを考えていかないと、
水俣病というものを本当に理解できないんじゃないか、
というのが出発点なんです。

でも、それは水俣病だけじゃなくて、あらゆる公害病、
そして原発事故にも言えることなんです。

我々が日本に生きていること、この文化水準の中で生きていること
――そこから考えないと、本当にはわからないんじゃないか、
ってことを自分も考えているわけですよ。

……うん、難しいね。めっちゃ難しい。


2011年当時、福島の磐城高校内に開かれた双葉高校の「サテライト校」(撮影=志賀泉)




      

  

【インフォメーション】
文芸トークサロン
映画 『立入禁止区域 双葉~されど我が故郷』上映会
“原発事故 フクシマからのメッセージ”
日程:2012年10月26日(金)
時間:18:00~20:00
住所:日本文藝家協会(地下鉄 有楽町線 麹町駅1番出口)
料金:¥1,500(当日¥2,000) ※学生・65歳以上の方=¥500引き

※要申し込み。詳しくは同会ホームページへ
http://www.bungeika.or.jp/event.htm

  


※志賀泉さんの著書『フクシマ漂流』の購入を希望される方は下記リンク先へ
http://ameblo.jp/sigahina/entry-11306881920.html


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