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FEATURE —特集—

【編集者をむしばむ無力感について/#3 谷隆一】読者の存在が、自分を信じさせてくれる

写真=池田宏
取材・文=石川裕二

谷さんが代表を務める地域紙『タウン通信』は、僕の2社目の勤め先だ。退社後も「ウェブサイトを活性化させてほしい」との依頼があり、2018年から1年ほど仕事をご一緒させていただいたが、編集方針の違いによって決別。半ば喧嘩別れのような形だった。それもあってか、メールでの取材依頼を二度、丁重にお断りされたが、私に編集者・記者としての心構えを教えてくれた同氏にはどうしても話を聞きたく、三度目のメールを送った約2時間後に電話をした。携帯電話では出てもらえないと思ったので、『タウン通信』の事務所に電話を掛けた。

<プロフィール>
谷隆一(たに・りゅういち)
1974年生まれ、埼玉県出身。株式会社タウン通信の代表取締役。広告代理店勤務、地域情報紙の記者を経て2008年に地域紙「タウン通信」を創刊。「タウン通信」は東京都西東京市・東久留米市・小平市、埼玉県新座市で隔週9万部を配布している。著書に『議会は踊る、されど進む~民主主義の崩壊と再生』(ころから)、『中高生からの選挙入門
』(ぺりかん社)など。

広告と記事の割合に悩む15年間

電話の呼び出し音が数回なったところだろうか。「はい、タウン通信です」という、聞き慣れた声が聞こえた。

「谷さん、石川です」

「ああ、石川さん」

「取材の件でご相談です。5分だけ時間をください」

「それは構わないけど、何が聞きたいの?」

「地域紙が必要な理由です」

「……他に適任者がいるんじゃない?」

「自分のサイトである以上、僕に関係する人でないと意味がありません。お願いします」

「うーん」

「お願いします」

そんな押し問答が5分ほど続いただろうか。「じゃあ、今から話すよ」とぽつり。今からですか、この電話でですか、と確認すると「そう」と一言。取材が始まった。


――谷さん、ありがとうございます。まずは、地域紙が必要な理由を教えてください。

……私が地域紙の編集に携わるようになって、20年くらい経つのかな。『タウン通信』は週刊、今では隔週刊になってしまったけれど、9万部を新聞折り込みで入れているので、配布エリア内に限定して言えば、大手新聞と比べても存在感は決して薄いものではないと思っています。

ただ、インターネットの普及によって、タウン紙の存在感の変化を感じています。この数年、いや、1・2年の間でも、私自身のなかでどんどん変わってきていて。

かつては、『タウン通信』は地域に情報を広く知らしめる存在でしたが、今はSNSなどでつながりを求めれば、人と人とが、つながることができるようになりました。たとえば、地域の子育て情報をキャッチするということに関しては、以前よりも情報を得やすくなってきています。

一方で、情報過多でどこのサークルにしようか判別しにくかったり、サークルの情報発信に詳細な情報がなかったりすると、逆につながりにくい側面もある。そういう意味では、地域サークルなどの情報を詳しく載せる地域紙の役割というのは、ある意味で、以前よりも増していると考えています。

――どういうことでしょうか。

うちの会社で言えば、「出会いを生み出す」というのを会社の理念として持っています。人々が情報を見た時に、それに対してどう動いてくれるかまで意識して、記事をつくるようにしています。

ちょっとかっこつけて言えば、孤立する人をなくすという点において、地域紙だからできることがあるんじゃないか、と考えています。この2年のコロナ禍においては、マスクをしていることが象徴的だと思うんですけど、自分の家の周りに住んでいる人がどういう人か、何をしている人かがわかりにくくなったと感じていて。

イベントも軒並み開催できなくなって、人の顔が、より見えづらなくなりました。そうすると何が起きるかというと、地域のなかで孤立する人が出てきます。私がそこに手を差し伸べようだなんて、おこがましいことは言わないですけれど。

ただ、西東京市のことで言えば、最近、よく私が顔を合わせる地域活動をしている人が、「
『タウン通信』が役に立った」と言ってくださったんですね。長くなるので、詳細は省きますが。要するに、記事を通して、地域のなかにいる人の心がつながるんじゃないか、という期待は持っています。

――コロナ禍で物理的なつながりは減ってしまったけれど、メディアを通じて心のつながりならば生み出せる、ということでしょうか。ところで、タウン通信の創刊は2008年ですよね。今も発行を続けている理由を教えてください。

文字に書き起こすと、偉そうに聞こえると思うんですよね。でも、思ったままに答えます。つまりは社会をどう見るか、ということだと思っています。「地域で起こっていることは、全国で起こっている。全国で起こっていることは地域でも起こっている」ということは、昔勤めていた地域紙の代表から、よく言われました。

遠くの地域の事件、たとえば、いじめや自殺。地域が一つの現場なんだ、と。だから、それを知ってもらう必要があると思うわけです。

――大手の新聞は、紙面スペースの都合もあって、地域で起きている小さな出来事まで情報を拾えません。

そうです。あとは、私は、今の日本の社会というのは、ものすごく軽薄なものだと思っていて。隣の家の家族構成を知らないのに芸能人の家族構成にやたら詳しい、みたいな。政治家の悪口は言うのに選挙の投票に行かない、とか。私がそれに対して、偉そうに言える立場ではないんだけど。

――けど?

けど、知ることから始まる何かって、あるじゃないですか。だから、大手新聞がしないことを、地域紙がやる。地域で市長選があれば、立候補した人に取材をするとか。

地域紙って、本当は一番なくてはならないものなんじゃないか、という気持ちはあります。自分なりに、より良い社会のために、と思ってつくっています。

――つくっていて、意味がないんじゃないかと感じることはありますか?

サイトのほうはあります。手応えがないというか。

若い時に自分が何を考えていたのか、今となってはわからないところがあるけど、今の自分のことだけで言えば、自分なりの信念というか、こだわり、熱意、使命感を持ってやっているので、そういう意味では迷いはありません。

若い時はね、「(紙面が)広告ばかりじゃないか」とか言われた時に、ゆらぐところはあったけど、今はありません。それだけ、歳を取ったということなんじゃないかな。

――メディアを運営する上で、広告は欠かせない存在です。

自分が『タウン通信』を立ち上げてから今日に至るまで、広告をどうしていくかっていうのは天秤みたいなもので。経営の話をすると、発行し続けるためには広告が必要じゃないですか。多ければ多いほどいいけど、広告ばかりで記事が少ないと、媒体としての価値は下がる。その葛藤やもがきは、常にあります。

広告の料金が十分確保できていれば、つまり、単価が高ければ小さい広告スペースでもいい。それはうちの力不足もあるけど、地域経済の問題とか、日本自体の経済問題もあります。最近はネット広告も普及していますし。そういうなかで地域紙の広告の単価を上げるのは、なかなか難しいことで。

――経営という点では、株式会社タウン通信は『タウン通信』の発行以外に、どのような業務内容があるのでしょうか。

基本は地域紙の発行です。それから、チラシや自分史の制作。ほかにもホームページもつくりますし、私個人の執筆業もあります。

どこかで読まれている実感はある

ーー地域紙と言えば、最近、西東京市のラジオ局であるFM西東京が『842PRESS』という季刊誌の発行を始めたじゃないですか。ポスティングなのかな? 『タウン通信』の存在感が薄れる、という恐れはありませんか?

ありません。町の人にとって、地域情報は多いほうがいいに越したことはないからです。つくっている人のことも知っていますし。それに地域紙と言っても、違うものだと思っているというか。発行頻度の都合上、どうしてもテーマが限定されてしまうので、『タウン通信』とは方向性が違いますよね。

――そうですか。2018年に、『タウン通信』が地域の飲食店特集を別冊という形でポスティングしたじゃないですか。正直、あれのアップグレード版をやられてしまっているような気がして、かつて『タウン通信』に身を置いていた人間としては、やられた、という思いがあります。話は変わりますが、谷さんは、編集の仕事は好きですか?

あまり編集者という認識がないんですよね。特段、編集をやりたいと思っていません。ただ、原稿を書くというのは、自分がやりたかったことではあります。原稿を書いて、誰かに渡して、勝手に編集してくれるのが望ましいんですけど、それができない環境だから、自分でネタを探して、割り付け(※レイアウト)しているだけで。

好きだったり、得意だったり、そういうものを職業にするのが、人にとって、一番幸福なことだと思います。

――意外な回答です。編集者としての意識がないというのが。

屈折していたんじゃないのかな。自分は広告代理店の仕事から社会人生活をスタートしていますから。本来なら、最初から書く仕事に進むべきだったんだと思います。どこか、自分の心にフタをしていたというか。

石川さんが、何かで書いていたのかな。ラジオで言っていたのかな。この仕事のことをパズルみたいというか、遊んでいるようなものだって言っていた気がするんですけど。そういう側面はありますよね。写真にピタッとハマる見出しが立った時とかは、気持ち良かったりする。それは自己満足なんだけど。

でも、それを積み重ねることで精度が増して、いつしか、読者の方々にもよろこんでもらえるようになる。そうすると、こっちもうれしいじゃないですか。

――この仕事をしていて良かった、と感じることってありますか?

ものすごく、たくさんあります。「紙面にイベント情報を載せてもらえて満員になった」とか、反応は四六時中あります。石川さんも、(編集部に)いたからわかると思いますけど。

ただ、『タウン通信』は配布方法が新聞折り込みなので、新聞の購読者数が減っていることもあって、存在感は前より薄くなっているかもしれません。いや、ひしひしと感じています。

以前だったら、「いや〜、うち新聞取ってないんですよ」といった、恥ずかしげな反応でした。でも、今は「新聞なんて読んでるヤツいるの?」という反応が返ってきます。でも、そんななかでも、「お宅の新聞を読みたいから送ってくれないか」という問い合わせは、少なからずあります。なので、どこかで読まれているんだ、という実感は今でもあります。

マス寄りの情報じゃなくてもいい

――今後の展望はありますか?

結局、いろいろ変わるんですよね、それって。その時々で、考えていることがあります。もう10年以上、『タウン通信』のウェブサイトのことをもがいて、いろいろやってきたけれど、初心にかえって、アナログの地域紙を一生懸命やろうかなと。新しい現役世代を獲得していけるように、包括的に地域を伝える媒体ができるんじゃないか、と考えています。

――堂々めぐりの質問になってしまいますが、『タウン通信』がどのような影響を与えられればいい、と考えていますか?

それは、自分の住んでいる地域について知ることです。そこで署名活動等の地域活動をしてほしい、とまでは言いません。「へぇ〜。ここに、こんなものがあるんだ」みたいな。それで十分です。地域に対して、目を向けていく人が増えればいいなと。結局、そこに尽きます。

――谷さんがそう思う理由はどうしてですか?

前に、私が本を出した時に、石川さんが取材してくれたじゃないですか。その時も言ったと思うんですけど、『タウン通信』はなるべく市民サークルの募集情報とかイベント情報を載せています。需要としては、マス(大衆)寄りの、もっと西武沿線の大きなイベントを取り扱ったほうがいいのかもしれません。でも、それって、ほかの媒体で出会える情報でしょう。

そんななかで市民サークルの情報を載せているのは、その情報をきっかけに人々が地域に関心を持つと思うからです。たとえば、ダンスサークルの会員募集の案内を見て興味を持った人が入会することで、地域での楽しみを一つ見つける。子育て中の親が集まる会の案内なら、町での暮らしが楽しくなる友人との出会いの場になり得る。「近所の保育園がどこも入れない」という話題になれば、署名を集めて議会に陳情しようという市民活動につながるかもしれません。

私の広告代理店時代は、埼玉県の自宅には眠りに帰るだけ。地域との交流はありませんでした。自分にとっては、まさに“ベッドタウン”で。でも、地域紙の仕事をして、人・店・市民団体・行政など、町のなかにある人々の暮らしや営みに初めて触れたんですね。「町はこういう風に成り立っていたのか」と驚いたんです。

――僕が『タウン通信』在籍中の2011年に「東京黎明ノート」を立ち上げたのは、同じように情報の空白地帯をなくしたいと思ったからです。そこは、間違いなく、谷さんの影響を受けています。でも、マス寄りの情報を発信していないと、無力感を感じることってありませんか?

これは他の編集者が言っていたことなんですけど、そのメディアがなかったらどうなるんだ、ということだと思うんですね。『タウン通信』があることで、人々の動きが生まれているのは、これまでの経験から信じられることなので。

『タウン通信』に載っていた求人広告を見て入った会社の人と結婚したとか、うちの地域紙を見て市民活動に参加した人が議員になった、とか。そういう小さな出会いが、いくつもあります。

その裏返しで言えば、『タウン通信』がなくても困ることはないかもしれないけれど、存在することで、市民活動が続くこともある。おこがましいけれど、そういう気持ちはあります。

――そうですね。でも、かつては週刊発行だった『タウン通信』が隔週発行になったことへのジレンマはありませんか?

もう、6・7年前からですから。ただ、月刊にしてはならないというのは思っています。先ほどお話ししたようなイベント情報を載せる以上は、最低限守らないといけないラインだと思っていて。あとは、そうですね。やっぱり、存在感がないとメディアとしての体を成せないと思うから、そこを高められるように頑張っていきたいと思っています。

――僕が改めて、こうして自分のサイトをリニューアルすることに対しては、どのように思いますか?

自分の信じるまま、やりたいことをやればいいんじゃないかな、と思います。結局、人はみんな、好き勝手言うからね。

――ありがとうございます。取材はこれで大丈夫です。後日、撮影に伺わせてください。本当にありがとうございました。

わかりました。ご連絡をお待ちしています。


▲2022年6月1日撮影。西東京市内のタウン通信オフィス前にて



後にメールのやり取りでわかったことだが、谷さんはかつての部下としての私ではなく、「ベテランライターとしての貴方」に向けて話をしてくださったそうだ。同氏の誠実な姿勢に頭が上がらない。

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