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田無におもしろいが集まるワケ
“なおきち”のうららさん。

「うららさん」

「うららさ~ん」

「うららさんっ!」

――西東京市の田無(たなし)という町に、“田無なおきち”というカフェ&ギャラリーがある。地元の人のほかにも、各方面で活躍中のミュージシャンや作家などが、わざわざ都心のベッドタウンまで足を運びにくる。渋谷でも、原宿でも、下北沢でも、吉祥寺でもなく、田無に。来る人のお目当ては、落ち着いた店内の雰囲気やおいしい料理はもちろん、オーナーの佐藤うららさん。彼女の“イマジネーション”が放つ光にたくさんの人が引き寄せられる。

そのイマジネーションが具現化したのが、5/17(土)に西東京市の田無神社で開かれる「やおよろずのさんぽ市」(同時開催:「タナシインドラフェス!」)というイベント。2年前に始まり、ミュージシャンの投げ銭ライブのほかにも、ハンドメイド作家による雑貨などの出店を楽しめるというもので、5月と10月に開かれている。

第1回の開催時には、「フジロックフェスティバル」など大型フェスの常連となった奇妙礼太郎トラベルスイング楽団をはじめ、カルメラ、原田茶飯事さんらが参加した。6回目の開催となる今回も、関西インディーズシーンを牽(けん)引するSundayカミデさんをはじめ、清水あつしさん、杉瀬陽子さんなど注目を集めるミュージシャンがイベントに出演。また、高円寺の人気ビーガン料理店・メウノータも出店する。

周りの人にイベントのことを話すと、「おもしろそう」という言葉の次に、必ずと言っていいほど「でも、なんで田無なの?」と聞かれる。田無は西武新宿駅から電車で約20分のところにあるベッドタウン。いわゆるアートカルチャー的な側面から見れば“何もない町”と言ってもいい。なぜかと聞かれれば、それはやはり「うららさんがいるから」としか、言いようがない。

じゃあ、うららさんの何が魅力なのか。そう言われると言葉にしづらいが、「『こうなったら楽しそうだよね』っていうイマジネーションが、どんどん思った通りになっていくというか。ここ一年、そういうことが非常に多いんです」という本人の発言がすべてのように思う。うららさんが「おもしろい」と考えることに賛同し、参加したいと思う人がいる。

“はじまり”をたどっていくと、開店間もない田無なおきちに売り込みにきたという役者の赤星まきさんに行き着く。彼女が、知人である原田茶飯事さんや奇妙礼太郎さんを紹介し、田無なおきちでアコースティックライブを開くようになった(今回出演するSundayカミデさんら3人は、奇妙さんらと関西の音楽シーンを盛り上げてきた旧知の仲)。そのアコースティックライブや、兼ねてから店内で開いていた手芸などのワークショップを「もっといろんな人に体験してほしい」「こんなにすてきな人たちのことを、もっとたくさんの人に知ってもらいたい」とお店の外に飛び出したのが「やおよろずのさんぽ市」なのだ。

第1回の開催時に、うららさんはイベントを開くもう一つの理由を、次のように話していた。

「文化的な発展でいえば、(田無は)まだまだ未成熟な町なのかなと思います。役者はそろっているはずなのに、出る舞台がないまま時間が過ぎてしまっているというか。人がたくさん住んでいて、素敵な個人経営のお店もあるのに、この町の人しか利用しないので、もったいないなと思うんです。だから、今回のイベントを通して、そういったお店の存在を町の外の人に知ってもらいたいという思いもあります。

西武新宿線で都心まで15分で行ける利便性もあるなど、田無には文化的な発展を望める要素はいくつもあるのに、土壌ができていないのか、いまいち発展しないんですよね。地理的なことでいえば中央線が近いので、吉祥寺や下北沢へ人が流れていっているのもあると思います。でも、それってやっぱり、人が足を運びたくなるようなイベントがなかったからですよね。田無は、寝に帰ればいいだけの町のつくりになってしまっているんです。買い物には不便がないですけど、生活必需品しか売れないというか。雰囲気のある雑貨店が1つもないんですよ。それは、あんまりにも寂しいじゃないですか」

2012年に始まったイベントは、今回で7度目の開催。地域のお祭りとして徐々に定着しつつある。田無町の属する西東京市が後援に入ったほかにも、地元企業の協賛、JR中央線で展開されているサイクルシェアシステム「Suicle(スイクル)」との1日限定キャンペーンなど、「応援してくれたり、お手伝いしてくれる方たちの“衣”が、ポジティブな意味で、雪だるま式に厚くなってきているのをすごく感じる」と、今回の取材でうららさんは話していた。楽しそうに笑っている人たちの中心には、いつもうららさんがいる。

「地元の人たちにも、もうちょっとイベントのことを広げていきたい。もっと欲目を出しちゃうと、若い人たちを刺激したいっていうか、自分たちの町って魅力的なんだって思えるようなイベントになれば、地元愛が強くなると思うんですよ。それだけを狙っているわけじゃないんですけど。

今回、息子の同級生がイベントの手伝いに来てくれるんです。『イベントに加担したい』って思ってくれる地元の人が増えてくれるのは、すごい喜びですよね。私、彼が小さい頃から『大きくなったら、市長になってね』って、ずっと吹き込んでるんですよ。『社会人になって町の外に出て、自分が生まれ育った町を振り返った時に、自分にできることがもし見つかったら、行政に入ってきたら?』って。

彼、中学生の時に、生徒会長やってるんです。自分の中学をどうにかしようと思ったんでしょって聞いたら、そうだよって。それと同じじゃないですか。そしたら、『やってみようかなあ』って言ってました。なるかもしれない、ほんとに。すごい楽しみなんですよね」

約半世紀にわたって、田無という町を見つめてきたうららさん。彼女のイマジネーションに引き寄せられた地元の人たちの中から、市政に参画する人が出てきたら、その時こそ、町が成熟していくんだろう。「やおよろずのさんぽ市」というイベントは、田無という町が変わっていく物語のはじまりなのかもしれない。



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