『ワンパンマン』誕生秘話
――「漫画家志望」と検索して、どのような携帯サイトがヒットしたのでしょうか。
当時の僕と同じように、10代でパソコンを持っていない漫画家志望の人たちが携帯サイトでイラストなどを公開していました。その時は何千という数のサイトがあり、僕もそれらのページを見て「自分の絵を見てもらいたい」という衝動にかられ、自分の携帯サイトをつくったんです。
最初の頃は漫画ではなく、変な絵ばかりを公開していました。たとえば人を描くにも、やたら後頭部が長いとか、おでこがメチャメチャ広いとか、あごがものすごく割れているとか(笑)。そういうのを描いている内に、サイトへの訪問人数が100人程度まで増えてきたんです。当時は人気漫画のタッチを真似た、売れ線の絵を描いている人が多かったので物珍しく映ったのかもしれません。
読者が増えてきたので「そろそろ漫画を見てもらいたい」と思って描いてみたんですが、当時の携帯電話のカメラは今ほど性能が良くないので、画像が小さくて台詞が読めなかったんです。いい方法を探していたところ、「手の平ほどの紙に絵や台詞を入れて、カメラで接写すればいい」ということを、携帯サイトで作品を公開していた漫画家志望の友人から教えてもらいました。
――そうして生まれたのが『太陽マン』(現在は閲覧不可)という作品ですね。ONEさんにとっては、自身の漫画を初めて人に見せたことになるわけですが、その時はどのようなお気持ちでしたか?
「人に見せたい」という、自分の願望を叶えた初めての体験だったので、楽しかったです。人に見せる前は、絵が棒人間のコマもあったりしましたが、自分のサイトで公開するようになってからは、そういうことがなくなりました。
その後も、しばらくは携帯サイトで作品を発表していましたが、手の平サイズの漫画ばかり描いていても漫画はうまくならないことに気付いてやめました。その後、携帯サイト用の漫画の描き方を教えてくれた友人がパソコンサイト用の漫画を公開し始めたんですが、大きい画面で見るWEB漫画はとても読みやすくて「これだ!」と思いました。そうして、パソコンサイト用に初めて描いたWEB漫画が『ワンパンマン』なんです。
葛藤の日々を乗り越え、商業デビュー
――2009年7月の公開当初、『ワンパンマン』は漫画や小説の投稿サイト「新都社(にいとしゃ)」に掲載していました。現在はONEさんのサイトで発表し、1日約2万人が訪れる人気作品となっていますが、その人気はいつ頃から出てきたのでしょうか。
「1話」の公開から1週間ほど経った「5話」のあたりからです。当時、「新都社」では1回の更新で30件ほどのコメントがつくことが人気の目安となっていましたが、だんだんコメントが増えていって、10月に「30話」を公開する頃には一回の更新で1000コメントほどつくようになったんです。これは、同じくWEB漫画を発表している『オーシャンまなぶ』の拓須たくすさんや、『拳道』のパーダさんなどがブログで『ワンパンマン』を紹介してくれたほかに、2ちゃんねるのスレッドをまとめた「まとめブログ」などで紹介されたことが大きいです。
――次第に大きくなっていく反響をどのように見ていましたか?
実は『ワンパンマン』はコミックスタジオという、パソコン用の漫画原稿制作ソフトの練習として、一話完結のつもりでアップしたものだったんです。でも、反応が思った以上にあったことからうれしくなり、すぐに「2話」を描きました。そうしたら、「続き早く!」というコメントが結構きて。これはちゃんと描こう、と思って最終話までのプロットを描いて、今はそれに沿って進めているんです。最初の反応こそ予想外でしたが、それからは読者の反応を狙って描いている部分もあったので、「おもしろい」「ワロタ」というコメントや、「wwww」(「(笑)」の意)がいっぱい付いているコメントをもらうと快感でした。うれしかったです。
多くの人に読んでもらえるようになってからは、「『R25』(リクルート)のWEB漫画特集で紹介したい」というお話をいただくなど、出版業界の人にも認知されていることがわかって、作品の広がりを感じました。
――ただ、『ワンパンマン』の人気が伸び盛りだった2010年の2月に、長期休載を発表しています。就職が理由とのことですが……。
家の事情があって、まずは一年間働こうと思ったんです。ただ、遊ばずに出来るだけお金を貯めて退職して、その次の一年はバイトもせずに漫画だけを描いて持ち込みを続けよう、という考えがあってのことです。365日漫画漬けの生活を送って、それでまったく可能性がないようなら諦めるつもりでした。
――働いている時の葛藤はつらいものだったと思います。
漫画を描けないのは地獄でした。その一年は、漫画のことをなるべく考えないようにしていました。その反面、「一年経つ頃には、自分の頭が冷めているかもしれない」という思いもあったんです。仕事は大変でしたが上司はいい人でしたし、働きもせずに持ち込みを続けるというリスキーな道をあえて選ぶ必要はあるのか、と。
でも、考えてしまうと、やっぱり漫画しかなかったんです。休日に漫画を描くことすらままならないスケジュールだったので、頭の中に浮かんだアイデアや作品を発表する間もなく、毎日が過ぎていって。挑戦もしないまま、モヤモヤした気持ちで一生働き続けるくらいなら、一回本気でやってみようと仕事を辞めました。
――そうして、インタビュー冒頭の話に戻るわけですね。結果的には出版社側からコンタクトがあったということで、その注目の高さが伺えます。商業デビュー後も、『ワンパンマン』などWEB漫画の更新は続けていくのでしょうか。
描き続けます。WEB漫画は趣味で描いている漫画ですし、ホームページをいじるのが楽しいんです。なにより、更新を楽しみにしてくれている読者がいるので。ありがたいです。
――最後に、ONEさんにとってのWEB漫画とはどのような存在かをお聞かせください。
僕のように、人に漫画を見せられなかった人間を救う一番の場所だと思います。ヘタでもWEB漫画は描けるし、チャレンジしてダメな場合は自分の判断で打ち切ることができる自由さもあります。それと、僕の場合はインターネットを通じて、商業デビューを目指す志の高い仲間とも出会うことができました。当時の僕と同じような環境の人には、是非WEB漫画を描いてみてほしいです。