【編集後記】田無インドラフェス

特集企画「もったいない町に上げられた、発展の“のろし”。
『田無なおきちインディーズドラゴン祭り』」の
全コンテンツの更新が終了となりました。

当日はテキスト速報を公開するなど、
『東京黎明ノート』として初の試みも行った同企画。
お楽しみいただけたでしょうか。

私見ではありますが、同イベントは、
奇跡のような偶然がいくつも重なって実現したイベントだったと感じています。
その最たるものは、奇妙礼太郎トラベルスイング楽団をはじめ、
有名音楽フェスにも出演するようなアーティストが何組も集まったことですが、
主催者である田無なおきちの店主・佐藤うららさんが田無の人間で、
なおかつ2009年にお店を開き、そこに赤星まきさんがやって来て、
芋づる式に今回出演したミュージシャンとつながっていったことがその始まり。

そして、佐藤さんの構想に賛同し協力しようという地元の協賛店が複数あり、
広い敷地を持つ田無神社を会場の一つにできたこと
——様々な偶然が奇跡のように重なって実現したのだと思います。

そもそも「田無」というマイナーな町に、
しかも初めてとなるイベントで、どうして彼らが出演したのか。
それは、田無なおきちというお店と、佐藤さんの人望に他ならないと思います。
地域の人はもちろん、地元以外の人にも広く愛されるお店だからこそ、
アーティストが集まり、それを見に観客も足を運んだのでしょう。

イベント当日は、田無なおきちの常連の方から、
「初めて来た」という方まで、たくさんの方が田無にやって来ました。
正式な人数は把握していませんが、
間違いなく「盛況だった」と言っていい盛り上がりでした。
アフターライブ、特に後半戦はどのお店も店外にまで人があふれる盛況ぶり。
僕は仕事の関係で田無という町を計3年ほど見てきましたが、
あんなに盛り上がった町の姿を見たのは初めてでした。

今回のイベントで、田無という町を初めて知ったという方も少なくないと思います。
イベント参加者の多くはアフターライブで地域の飲食店に足を運んだようですし、
それらを通じて、町の魅力が少しでも広まったのなら、
それはとても意味があることだと思います。
同時に、都心のベッドタウンである田無という町が、
意識を持ってその魅力を外に伝えようとしたことは、
町が成熟するための土壌を整えるきっかけになったと思います。

町が発展する要素をいくつも備えながらも、
その土壌が整っていないことから成熟しきれず「もったいない町」となっていた田無。
今回のイベントは、そんな町の発展を知らせる合図
「のろし」になったのではないかと思います。

町が成熟するには、まだまだ時間が掛かるとは思いますが、
「田無インドラフェス」はその大いなる一歩を田無という町に踏み出させました。
これから二歩、三歩と歩んでいく姿を
『東京黎明ノート』も一緒に見ていければと思います。

約一ヶ月にわたるお付き合い、ありがとうございました。
田無の町の皆さんも、本当にありがとうございました。
また、ちょこちょこ遊びに行きます。