メディアをつくることの価値

この1年ほどで人に仕事を手伝ってもらうようになり、
仕事しない時間を確保できるようになった。

それは“人に仕事を手伝ってもらえるだけの
売り上げを確保できるようになった”ということでもあり、
空いた時間で酒を飲んだり、ガンプラをつくったり、
ドラクエをしたり、仕事と関係のない本も読めるようになったり、
あとは家族と過ごしたりしている。

以前は5時間程度だった睡眠だが、
しっかり8時間寝るようになった。
この業界に入って、一番普通で、
健康的な生活を送っているかもしれない。

空いた時間で『東京黎明ノート』を
更新しなかったことへの罪悪感こそあるが、
好きなことをする時間のなかで、
自分がこの仕事をする上で
信じてきたことを肌で感じることができた。

僕が“信じてきたこと”というのは、
“自分がつくってきたものの価値”だ。

書籍や雑誌・地域情報紙、
フリーペーパー・さまざまな広告ツール。
そして『東京黎明ノート』
——規模の大きい仕事もあれば、
コンパクトな仕事もある。

できあがった制作物を手にしたり、
広告の反響がいいと言われれば達成感こそあるが、
制作物の受け手からのダイレクトな声は届きにくい。

本の場合は重版になれば
概ね好評なんだろうとも思えるが、
Twitterなどで読者の声を拾えるのは、ほんの一部。

「楽しんでもらえるもの、
役に立つものをつくっている」という自負こそあれど、
雲をつかむような手応えのなさを感じていた。

恥を忍んで言わせてもらえば、
『東京黎明ノート』の更新が滞っている要因の一つでもある。
同メディアに関しては、「プライベートを犠牲にしてまで
お金にならないことをする価値があるのか」という思いが、
自分のなかに出てきてしまった。

そんな風に考える自分を嫌にもなったが、
この1年の“普通の生活”のなかで
消費者として各メディアと接し、希望を見出せた。

たとえば、自宅に届く地域情報誌。
寝るためだけに事務所から
帰宅するような生活を送っていたので、
いままでは見向きもしなかったが、
幼い子どもたちを連れて近所で外食できる
おいしい店を見付けることができた。

妻は日中、未就学児2人の面倒を見ているので、
手間の掛からない外食はいい息抜きになるようだ。
そこそこ辺ぴなところに住んでおり、
インターネット上でクチコミなどが見当たらないほどなので、
こういったニッチな情報はありがたい。

たとえば、模型雑誌。
最近、小学生の頃に大好きだった
“ガンプラ(ガンダムのプラモデル)”にハマっており、
初心者向けの塗装・改造の仕方や
最新アイテムの情報を仕入れるのに役立っている。
ちなみに私はジオン軍のモビルスーツとSDガンダムが大好きで、
フィギュアを含めると、この1年でかなりの数を購入した……。

このように好きな何かがあるというのは幸せなもので、
大げさかもしれないが私にとっては生きる糧となっている。

好きなミュージシャンのライブがあったり、
好きなガンダムのキャラが商品化するとなれば
「それまでは、たとえゾウに踏まれても絶対に死なん!」となるし、
友人と飲みに行く約束をしていれば
仕事をなんとか予定通りに終わらせようとするエンジンになる。

幼稚なたとえ話ではあるが、
実際、企業向けの取材で従業員の方に
「毎日の楽しみは?」というような話を聞くと、
このように考えている人はかなりの割合でいる。

メディアは、“生きる糧”と巡り会うことのできる価値あるものだ。
「ガンプラ、ガンプラってうるせーよ」と言われそうだが、
小学生当時に『コミックボンボン』という
漫画雑誌を読んでいなければ、
こんなにも僕の毎日を豊かにしてくれる
ガンプラとは無縁だった可能性がある。

さまざまな情報が氾濫する時代ではあるが、
情報の空白地帯はどこかに存在するし、
こぼれ落ちてしまった情報こそが、実は
だれかの運命を変えるような情報になったかもしれない。

SNS全盛の時代で、昔ほど
メディアの影響力がないとしても、
存在を必要とする人は必ずいる。

いま一度、自分のために、記しておきたい。