5月18日(金)に、西東京市の田無神社とコール田無を中心に開かれる
「タナシ インドラフェス(田無なおきちインディーズドラゴン祭り)」。
都心のベッドタウンである田無という町で、
どうして音楽フェスを開くことになったのか――
主催の「カフェ&ギャラリー田無なおきち」の店長であり、
約半世紀にわたって田無を見つめてきた佐藤うららさんが話します。

【カフェ&ギャラリー 田無なおきち】

手煎りの自家焙煎コーヒーと手づくり菓子が人気のカフェ&ギャラリー。
2009年オープン。ライブイベントや手芸のワークショップ、
写真の展示会など、さまざまなイベントを開いており、
西東京市内外から足を運ぶ客で賑わっている。
http://ameblo.jp/tanashi-naokichi/

素敵なものの存在を、もっと多くの人たちに知ってもらいたい。

――「タナシインドラフェス(田無なおきちインディーズドラゴン祭り)」の開催まで、約1ヶ月となりました。まずは、今回が初となるこのイベントの主旨から教えてください。

田無なおきちでは、今回のイベントにも参加してくださるミュージシャンのアコースティックライブや、手芸のワークショップなどを店内で開いているんですけど、「もっといろんな人に見てもらいたいな」「こんなに素敵な人たちがいるのに、店内だけのイベントにしてしまうのは、もったいないな」と思ったのがはじまりです。

おいしい料理を食べた時にお裾分けしたくなったり、おもしろい本を読んだ時に人に貸したくなるような、そんな感覚と似ているかな。そういった感動を、みんなで分かち合いたいんです。それで、田無なおきちでやってきたイベントを、もっと外に向けて開いてみようと昨年末から企画が動き始めました。

――参加ミュージシャンは、音楽フェスや全国のライブに引っ張りだこの奇妙礼太郎トラベルスイング楽団をはじめ、カルメラや原田茶飯事など注目のインディーズアーティストが名前を連ねています。こう言ってはなんですが、「この町になぜ!?」という豪華さですよね。

なおきちの店内で彼らのライブを開いていたことから実現したブッキングなんです。元々は、インドラフェスでもステージを披露する芸人・役者の赤星まきさんが彼らを紹介してくださったんですけど。トラベルでベーシストを務める安田さんや、同じくインドラフェスに参加するミュージシャンの田渕徹さんが「田無でなにかイベントを開きましょう」とかねてから言ってくださっていたのも、企画の原動力になりました。

イベントではライブのほかにも「やおよろずのさんぽ市」と称した手づくり雑貨の販売も行ないますが、さんぽ市の参加者も、うちでワークショップを開いている人や、その方たちがご紹介してくださった人だったり、人と人とのご縁がいもづる式につながって実現した企画なんです。「今度イベントを開こうと思ってるんですよね」と話してからというものの、どんどん人が集まってくださって。

会場は、田無神社という由緒正しい歴史ある場所で開かせてもらえることになりました。これもお客さまから、田無神社の宮司さんを紹介していただいたことがきっかけで、不思議なご縁を感じています。


「田無」という町を知ってもらうきっかけに。

――ちなみに、田無の町でこういったイベントが開かれるのは……。

私は半世紀近く近くこの町に住んでいますけど、初めてだと思いますよ。イベントを開くにあたって、田無駅北口周辺のお店に協賛店のお願いをしに行ったんですけど、話をすると「待ってました!」という感じの反応が返ってきて。田無で商売をしている人の中にはエネルギッシュな人も確かにいるのに、それを発揮するイベントがなかったということなんだと思います。今回のイベントで、その眠っていたみなさんのパワーが目をさました印象です。

それは、この町に住んでいる人や仕事で通っている人も同じで、みなさんが「私になにかできることはない?」と参加意識を持ってらっしゃるんですよね。お客さまの中には、イベントチケットの予約担当をかって出てくださったり、うちで開かれるライブにいつも来てくださる人が別のライブでフライヤーを配ってくださったり。

ほかにも「ちょっと時間ができたから」と、フライヤーの折り作業を手伝いに来てくださったり……。お客さま一人ひとりが生活の一部として、うちのお店のことを大事にしてくださっているんだなと実感しています。

――今回、協賛店で参加しているのはどういうお店なんでしょうか。

5月18日のイベント会場となる田無神社・コール田無から田無駅北口までの飲食店を中心に、美容院やマッサージ治療院などに協力していただいています。田無には個人経営の個性的なお店がいくつもあるのに、この町の人しか利用しないので、それももったいないなと思うんです。だから、今回のイベントを通して、そういったお店の存在を町の外の人に知ってもらいたいという思いもあります。

――佐藤さんは田無に約40年住んでいるとのことですが、いつから住んでらっしゃるのでしょうか。

3歳の時に引っ越してきて、それから就職するまではずっと住んでいました。田無という町で青春時代を過ごしましたけど、「なんてつまらない町なんだろう。大人になったら絶対出て行く!」と、子どもながらにずーっと思っていました(笑)。

実際、就職して目黒区の祐天寺に住んだんですけど、交通が不便で。東急東横線沿線なんですが急行は止まりませんし、新宿のほうまで出るのに田無とほとんど変わらなかったんです。それまでは、田無って都心からとっても離れているように思っていたんですけど、実際はそうじゃないんだなと気付きました。

その後は子育てをするのに田無に戻ってきましたが、人とのつながりにおいて地域性が長けていたりと、都心にはない町の魅力にも気付いたんです。「かっこ悪い町」だとずっと思っていましたけど、大人になって違う側面で町を見ることができるようになりました。

――確かに、大人になったり、町を離れてみて初めて気が付くこともありますよね。それでは、現在の田無の印象はいかがでしょうか。

住んでるからこそ言えますけど、文化的な発展でいえば、まだまだ未成熟な町なのかなと思います。役者はそろっているはずなのに、出る舞台がないまま時間が過ぎてしまっているというか。人がたくさん住んでいて、素敵な個人経営のお店もある。西武新宿線で都心まで15分で行ける利便性もあるなど、文化的な発展を望める要素はいくつもあるのに、土壌ができていないのか、いまいち発展しないんですよね。

地理的なことでいえば中央線が近いので、吉祥寺や下北沢へ人が流れていっているのもあると思います。でも、それってやっぱり、人が足を運びたくなるようなイベントがなかったからですよね。田無は、寝に帰ればいいだけの町のつくりになってしまっているんです。買い物には不便がないですけど、生活必需品しか売れないというか。雰囲気のある雑貨店が1つもないんですよ。それは、あんまりにも寂しいじゃないですか。

――今回のインドラフェスは、そういった土壌を整える役割があるわけですね。

でも、そんな大層な使命感を持っているわけではないんです。「こんなに素敵な人やお店があるんだから、みなさんに知ってほしい」というのが一番。インドラフェスは、あくまで町の内外から田無という町を知ってもらうための“きっかけ”に過ぎません。その後は、「あんな小さい店でもできたんだから」と、若い方たちが自分たちのやり方で田無を盛り上げてくださればうれしいです。

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